テオの銀の雨降る日々

 詳しくは<<はじめに>>をご参照ください。


過去からのメール12――【5/3靂奈 記す】

「振られました」
 私は足もとの黒猫――師匠である吸血鬼に、呟いた。

 ああ、ほんとに――見事に振られた。
 10か月も遅れた断りの言葉が、胸に突き刺さる。


 私は口をほとんど動かさないようにし、足もとにかろうじて届く声で礼を述べる。
「今日はほんとにありがとうございました」
「にあ」
 黒猫は前足を揃えて一鳴きすると、地面を引っ掻いた。
『どういたしまして。
 心残りは消えましたか?』
 そう、地面を描く。
「ええ、きっぱりと」

 黒猫は建物の蔭に入り――そして、人の姿になった。


「彼は、少し生き急いでいるようですね」
「気がつかれましたか?」
「ええ。
 彼自身は気づいていないかもしれませんが、ね」
「やっぱり、あの事件が原因でしょうか」
「激情しやすい性格なのでしょうが…。
 ご両親の事が、彼を更に不安定にしているのは事実でしょう」
「そう…ですか」


「いいのですよ? 銀誓館に行きたいなら、手続きをしましょう。
 彼を止める人間も、傍には必要でしょうから」
「それを私にしろ、と言うんですか?
 あれだけ見事に振られた後なんですよ?」
 私は首を横に振った。
 違う女性を追う彼の横にいれるほど、私は強くない。

「彼を止めるのは私の役目じゃない。
 だけど……」


 テオ君……あなたの養父母が亡くなったのは、あなただけの罪じゃない。
 止められなかった、私も悪いんだよ。



「もし、銀誓館に行く時が来たら、それは彼の罪を代わりに背負う覚悟ができた時です。
 彼の罪の半分は、私の罪でもあるんですから」 


「あなたが気に病む必要など、一つもありませんが…。
 分かりました。この話はここまでにしましょう」

 気配はまた、猫の形をとり、一つ鳴いて、離れて行った。


「こんないい女、振るなんて馬鹿よ」
 虚勢ひとつ張り、私もまた帰路についた。


「死んじゃダメなんだから。
 死んじゃったら、銀誓館まで行ってひっ倒すんだから」


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過去からのメール【テオの過去絡み1】 | コメント:1 | トラックバック:0 |

過去からのメール11――【5/3テオ 記す】

「ああ、もうすぐ時間じゃん」
 俺はサイズの合わない腕時計の文字盤を見た。

 もうそろそろ、住吉を離れなくちゃいけない時間だ。


「どうしたの?」
「今からゴーストタウンに行かないと、学園に戻るのが遅くなっちまうから」
「ごーすと・たうん?」
「ああ。人が住まなくなって、世界結界が緩んでる場所さ。
 ゴーストが大量発生するから、そこを定期的に掃除するのさ」
「そんな怪我で!?」
「大丈夫。仮にも俺、能力者だぜ」
 さすがにゴーストを数体、倒すのが関の山だろうけれど。
「あなたね…」
 少しだけ言葉を失う彼女に、俺は最後に伝えるべき言葉を言った。


「学園に来ないか」
「えっ?」
「このままだと将来、レキナは『見えざる狂気』って奴に犯される。
 力が、お前を変えちまうんだ」

 ……かつて、俺が狂気に呑まれたように。
 今度は靂奈が、誰かを傷つけてしまう。
 それは耐えられない。

 靂奈は俺の顔をじっと見つめていたが、やがて首を横に振った。
「家族が、住吉にいるもの。
 置いては行けない」
「けど!
 イグニッションカードが無いと、あんた…」
「…大丈夫。今は行けないけど、高校になる頃には必ず行くわ。
 だから心配しないで」
 そう言って彼女は笑う。
「…そっか」
 俺はほっとしたように、肩の力を抜いた。


「じゃあ、俺は行くよ」
「テオ君!」
 その声に、俺は振り返った。
 靂奈は、真剣な目で俺を見、そして言った。

「あの、ね。
 小学校の女の子が、友達に呼ばれたってだけで、夜中に人目の無い所まで行くと思う?」
「…そういや、そうだけど…」

「私、テオ君のことが好きだった。
 今でも、好きなの!」

 言葉を失った。
 俺は、靂奈のことをもっともっと深いところで、裏切っていたのだ。


「……悪ぃ。
 俺、今、好きな奴がいるんだ。
 俺、どこまでお前を傷つけちまうんだよな……」


 どれだけ詫びようと、彼女には言葉が足りない。
 俺は……。


「私、諦めないから!
 高校になったら、絶対にテオ君にアタックするんだから!
 それまで、絶対に死んじゃダメだからねっ!」

「…死ぬかよ。
 俺は生きて償うって、義父さんと義母さんに誓ったんだからさ」

 俺は頷いた。

 そして、彼女と別れた。


 去り際に一度だけ振り返ると、彼女の元に黒猫が近づいていくのが見えた――。



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過去からのメール10――【5/3テオ 記す】

 泣き崩れた俺が起き上がるのを待って、彼女と俺はいろんな話をした。

 別れてから、俺と彼女が歩いた道のりを。
 学園のこと、吸血鬼達のこと。
 そして、別れる前の、学校でのこと。


「…強く、なりてぇ」
 俺は気づくと、そう呟いていた。
 話題は、直前に参加した依頼のことになっていた。

「何も…できなかった」
 悔しさが、滲んだ。

 アビリティがかわされ、戦闘になった直後には意識を失い。
 そして、彼女の力にもなれなかった。

「償うために……生き残るための、強さが」


 自分の無力さが、何よりも心に染みた。

 
「テオ君は、強いよ」
 靂奈が俺の手を握った。
 …俺が、ナナさんの手を握ったように。

「今のテオ君は、強いよ。
 自分のことが、分かってるもの」
「でもっ!」
 俺は思わず声を荒げた。
 自分の素質による向き不向き、できることやできないことは少しぐらい分かり始めている。
 今の実力が、どんなものかぐらい…。


「少なくとも、今のテオ君は、間違いを認められるぐらいに強いんだから。
 目の前の強さを求めるだけじゃ、その強さを忘れちゃうよ?」


 俺と同じ年の少女は、俺よりもずっと大人で、冷静だった。
 俺は、彼女の強さに、息をのんだ。



「……悪ぃな。
 お前に謝るはずが、お前に力づけられてばかりだ」


 ……強くなりたい。
 本当の意味で、もっともっと。




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過去からのメール9――【5/3テオ 記す】

「……済まない!」

 JR住吉駅に近い、小さな公園。
 声が聞こえる範囲に人がいないことと、靂奈がベンチに座ったのを確認すると、俺は深く頭を下げた。


 結局、何を言えばいいのかは分からなかった。
 赦してもらうのではなく、相手に謝りたい。
 ただそれだけでここまできたけれど。

 でも、それ以上のことを、言葉という形にできなかった。
 なんとか声にできたのは、事実を確認する言葉だけ。


「…俺、俺は、お前のことを…っ、ころ……そうと……した…」


 その途端、いろんな想いが俺の中で溢れた。

 捻子蟲への――そして俺自身への憎しみ。
 両親への思慕と、悲しみ、寂しさ。
 絶望と、苦痛と、それらの負の感情がぐるぐると渦を巻く。


 その中で、一つ確かな想いを、俺はかろうじて捕まえる。

「俺は、お前の気持ちを、踏みにじったんだ。
 赦してくれとは、言わねぇ。
 けど、どうか謝罪させてくれ…」


 吐息が、想いが、涙となって溢れそうになるのを、俺は喰いしばった。
 これは俺の苦しみであって、彼女への気持ちじゃない。
 彼女に打ち明けるものじゃない。


 と、手が暖かいものに触れた。

「人狼が植え込まれた捻子蟲のこと、聞いてるわ。
 大変だったんだよね」

 靂奈の手だった。


 ……虚勢も、ここまでだった。
 俺は、その場で崩れ落ちた。
 



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過去からのメール8――【5/3テオ 記す】

JR住吉駅内にある、小さなクッキー専門店。
 その横には、試食も兼ねた10席ほどの喫茶スペースがある。

 そこに彼女――成髪・靂奈(なるかみ・れきな)は待っていた。
 硬い表情で外を見ていたはずの彼女は、俺を見て、息を飲んだ。

「久しぶりだな、レキナ」
「久し振り、ね。
 …その傷はどうしたの?」
「依頼で、さ」
 俺は自嘲の笑いを浮かべるが、靂奈には分かるはずもなく、首を傾げるだけだ。

 俺は彼女の前の席に座り、メニューを開く。
 そして財布の中身と比べる。

「――やっぱり外で話さないか?」
 今の小遣いでは、ジュース代すら出そうにない。
「ピンチなの?」
「ああ。
 ペットサロンで、使いきった」
「ぺっとさろん?」
「……いろいろ、あってさ」


 いろいろとあったのだ、うん。


「…少しぐらいなら、おごるよ?」
「いや、それも悪いから」
「じゃ、ちょっと待ってて」
 ちょうど食べ終わっていたらしい彼女が、会計を済ませる。


「近くの公園に行こっか」
「悪ぃ」



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