テオの銀の雨降る日々

 詳しくは<<はじめに>>をご参照ください。


報告書【氷炎の狼 テーオドリヒ・キムラ】-12(最終)

【IV】

「この前は、ありがとうございました」
 一週間後、能力者達がいる教室を少年が訪れた。
 能力者の生命力だろうか、痣やすり傷はすっかり消えていた。

「もう、大丈夫なのか?」
「はい。怪我も治ったし」

 彼は洗脳を解かれた後、かって所属していた騎士団と一緒に銀誓館の関連施設に滞在していた。
 泣き疲れて眠ってしまった彼を引き渡すとき、騎士団の人間は警戒心をむき出しにしていたけれども。

「俺、同じ騎士団の先輩達にも本当のこと、言ってきたんです。
 皆、言葉を失ってた」

 能力者達はうなづいた。

「皆さんがくれたメモ、読んだよ」
 少年の手にある手紙には、少年に伝えようとしてたメッセージが寄せ書きされていた。
 それにもう一度だけ、目をやると、少年はうなづいた。

「俺、生きなきゃだめなんだよね。
 生きて生きて生き抜いて、償っていかなきゃいけないんだよね。

 そうして、罪に向き合うことで、義父達と一緒に生きていくんだって」

 拳を胸に、震える声で、少年は言う。

「そうだ。
 そうしなきゃいけないんだ」

 一人の能力者が、少年の頭に手を載せ、頷く。

「……うん。
 俺、誓います」

「頑張れよ」
「君なら大丈夫だから」
 能力者達は口々に励ましの言葉をかける。 

 少年は黙って頭を下げた。


 少年が普通クラスに転入するのは、2か月後のことである。

 

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報告書【氷炎の狼 テーオドリヒ・キムラ】-11

【VIII】


 夢の中で、彼は泣きじゃくっていた。
 攻撃的で乱暴な雰囲気は消え去り、こうしていると年よりもずっと幼く見えた。


 風に、桜の花弁が舞う。
 最初は緩やかに、だがやがて流れるように風の中を去っていく。



 花の嵐の中、誰かに抱きとめられる。

 少年が顔を上げると、そこには義父母がいた。
 彼らは何も言わず、ただ彼を愛おしげに抱きしめた。


 少年は泣いた。
 ただその胸の中で、泣いた―――。

 
 

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報告書【氷炎の狼 テーオドリヒ・キムラ】-10

【VII-ii】

 能力者達は少年に状況証拠だけを突き付けた。
 だが、決して推測は話さなかった。

 彼は、能力者の女性の腕の中でそれらを聞いていた。

「聞かせてくれ、真実を。
 君の言葉で」

 あくまで、少年の口から真実を話させたのだ。
 そうすることで、彼が真実を認められるように。

 認めなければ、受け止めることも、乗り越えることも、できないのだと。


「……俺は、いつからか、吸血鬼を殺さなきゃいけないと焦り始めたんだ」


 騎士団にいたわけでもない彼にネジ蟲を植え付けられた理由は、いまだに分からない。

 吸血鬼の潜伏箇所に近い場所に住んでいたからなのか。
 あるいは、自分の学校に従属種ヴァンパイアがいたからなのか。
 ネジ蟲の真実が分からない以上、推測にすらならない。

 ただ、ネジ蟲の衝動は、確実に彼を蝕んでいた。



「焦っても、ならどうすればいいのか分かんねぇでさ」


 だが、少年はまもなくクラスメイトの真実を知ってしまう。
 彼女が従属種ヴァンパイアになったことを。


「俺はその夜、あいつを呼び出した」

 彼女は、テオの言葉通り、夜中にやってきた。

「俺は何にも考えないで狼に変身して、あいつに襲いかかった……」

 少年の話が途切れた。
 代わりに続いたのは、押し殺された嗚咽だった。

「それから?」

 残酷な問いを、能力者は発する。
 少年は嗚咽をかろうじて飲み込むと、息をひとつ吸い、一息にこう叫んだ。

「その間に、義父さんと、義母さんが…っ!」

 後はもう、会話などではなかった。
 少年は全ての思いを吐き出した。


「……俺……訳が分からなくなって……!!
 両親からの仇を……義親父達が庇って……!!
 頭ん中、ごちゃごちゃになって……でもどうしようもなく苛々して……!!
 無茶苦茶に暴れてたら、動くものも無くなってて……!!

 ……目の前で………義父さんが………義母さんがっ……!!」



 うぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁ―――――!!!


 少年は絶叫し、渾身の力を込めて泣き出した。


 ……彼はようやく、己が犯した罪を、その苦しみを、認めたのだ。

 
 

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報告書【氷炎の狼 テーオドリヒ・キムラ】-09

【VII-i】

 能力者達は洗脳を解除した後、彼と話をするのを先延ばしにした。
 まずは彼らは少年が住んでいた場所へと赴き、少年と両親について調べる。

 そして、ある確信を得て、鎌倉に戻った。




 
「テーオドリヒ君、だね」
「なんだよ、あんたら」
 彼は壁際に寄ると、即座に四つん這いに構える。


「待って、今日は話を…」
「うっせぇっ!」
 少年の姿が変わっていく。暗灰色(ダークシルバー)の毛並みを持つ、狼に。

「ガゥ!」
 能力者の首筋をめがけ、飛びかかる。
 …だが、その動きはすぐに止まった。

 相手は少しだけ姿勢を崩して腕を噛ませると、そのまま抑え込んだのだ。
「……噛めばいい、お前が望むだけな。
 だが、お前の苦しみは、決して消えない」

 狼はずっと腕を何度も噛む。だが。

「そして、本当はお前が、両親を殺したという事実も」

 能力者の言葉に、一瞬だけ怯み。

「…ちがう」

 彼は狼変身を解いた。

「違う違う違う―――! 俺じゃない、俺じゃねぇ!
 それは吸血鬼が――!!」

 彼は力の限り叫んだ。
 吸血鬼がやったのだと。義両親は殺されたのだと。
 だから、殺すと。

「本当に、吸血鬼が憎いのか?
 それとも、そう思わないと、怖いのか?」

「憎いに決まってんだろ!
 怖いことなんか…」

 意地になって叫ぶ少年を、別の能力者が抱きしめる。
 それを突き放そうとする少年の目の前で、彼女は泣いた。
 その表情に虚を突かれ、彼は言葉を飲み込む。

「……もう、やめようよ。
 きっとあなたの両親はあなたを恨みはしないから」

「もう一度聞く。
 君の中に、吸血鬼に対する憎しみは、今でもあるのか?」


 少年は頷くこともなく、体中から力を抜いた。

 


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報告書【氷炎の狼 テーオドリヒ・キムラ】-08

【VI】

 醜怪なるネジ蟲を倒した能力者達は、さらに辺りを探索した。
 …そして。

「おいっ! 来てくれっ!」
 驚きと警戒を込めた叫びに、他の能力者達も集まる。

「ここの花弁の山の下だ」

 …そこだけ、花弁の山がうず高く積まれていた。
 掃き集めたにしても、これだけの量が集まるだろうか。


「見て」
 山を一部払った下から、人の手が現れている。
 彼らはお互いの顔を見、そしてすぐにその花びらをどけ始めた。


 はらりはらりと降る花弁。
 それは時に風に舞い、視界を奪い、能力者達の行動を止めようとする。
 だが、それは逆に能力者達の確信を深めることとなり――。


「…っ!」
 そこには、一組の男女が眠っていた。
「…この時計…」
 能力者の一人が、男の腕時計を示す。
「これ、あの子がしていたのと同じじゃないか?」
「じゃあ、この二人がご両親…?」
「でも、彼には似てないよな…」

「この傷…」
 致命傷となったであろう傷口を示す。
「狼の噛み傷にそっくりだ。しかも凍りついてる」
「…フロストファング…?」
 クルースニク特有のアビリティの痕跡に、彼らはさらに戸惑った。
「…でも、だとしたら小さい狼だね」
 歯形を見た能力者がつぶやく。
 
「…小さな狼…?」
 …その時、小さな声で呟く能力者がいる。
 彼女は死体をもっと真剣に調べ始めた。そして、傷口から一つまみ何かをつまみ上げた。
「…この毛、あの少年の髪と同じ色をしてる」

 ダークシルバーの体毛が、彼女の掌に残った。
 

 

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