テオの銀の雨降る日々

 詳しくは<<はじめに>>をご参照ください。


浄水ポット――【6/6 幻記す】

「来ましたか!」
 私は喜々と宅配便の方に代金を支払った。

「何、それ?」
 後ろでテオ君が首を傾げる。
「浄水ポットですよ。
 水道水をこすだけで、美味しい水が飲めます。
 何より、アイスティー用の水がいつでも手に入ります」

 もう、アイスティの時期だ。
 水出し紅茶は時間が掛かる(主に一晩ほど)し、消費も激しくなる。そう思うと、この出費は惜しくない。

 早速取り出して説明書を見てみる。
「なんか、ふつーの硝子のポットなんだな。
 電気ポットみたいなのかと思った」
 テオがポットを眺める。
「あまり大きくても困るでしょう?」
 扱いも簡単なようで、私は胸を撫で下ろす。


「これなら、テオ君のGT行きにもアイスティーを淹れてあげますよ」
「遠足じゃねぇんだからさ」
 テオ君が苦笑いを浮かべる。

 そしてこう続けた。
「そろそろ、依頼に参加しないとな」
 私はそんなテオ君に笑って返した。
 
「頑張ってください」

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花見日和も終わる頃 ――【4/5幻記す】

 その日、彼は瞼を腫らして帰ってきた。
「テオ君?」
 私は思わず驚きの声を上げた。

「幻? どした?」
 テオ君は不思議そうに首を傾げる。
 その表情はむしろ、とても澄んでいた。

「目、酷いですよ」
 私はカードリストから手鏡を出してくると、テオ君に差し出した。
「…うわ、確かに酷いな」
 彼は苦笑いすると、少し疲れた様子で肩をすくめた。

「…ちょっとさ。昔を思い出してきたんだ」
「……ご義両親のことですか?」
 テオ君の育ての親は、亡くなったと聞いた。

「ああ」
 彼は静かに頷くと、部屋に入り、椅子に座った。

「去年、約束したんだ。
 三人で桜を見るって」

 だから、そのことを……両親のことを忘れないために、花を見てきたのだと言う。

「神戸も鎌倉も、違わないな。
 桜の美しさだけは」

 そう言って、彼は笑う。

「でも、心配すんなよ。
 大丈夫だから」
「そのよう…ですね」
 私は頷くと、彼を急かせた。

「もうそろそろ、夕飯の時間ですよ。
 顔を洗って、準備しましょう」



参考文献:『<花見>桜並木の土手にて』

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春の夜の夢――【4/2幻記す】

 夜中に、目が覚めた。
 傍らを見れば、グレートモーラットに戻したミージュの姿がある。
 私はその背中をそっと撫でると、もう一度眠ろうとする。

「う…ううっ」
 その時、私の真上から何かうなされる声が聞こえた。

 私は顔を横に出すと、上の様子をうかがう。
 …傷が痛むのかな。

「も…」

 も?

「『もふもふ』は禁止だよぉぉぉっ……やめて、その『わきわき』はヤだぁぁぁ……」

 私は思わず脱力した。
 あ……そう言えば、最近新しい結社に入ったと言っていたっけ。
 おそらくそれ絡みのトラウマか何かだろう。

 心配して損をしたかもしれない。
 少なくとも傷が痛むわけでも、ナイトメアに捕まったわけでもなさそうなので、放っておく。




 ……まったく、無茶ばかりして。
 私は、先月末の出来事を思い出した。


 3月30日、狂鬼戦争。
 死の匂い――そう言うのは、『死』への侮辱になる。正確には、『死』を汚す物――に満ちた街を、私達は駆けた。
 私はキャスターとして、テオ君はラストスタンドとして、別々に戦場に立ったのだ。


 ……怖かった。


 目の前で何人もの人々が傷つき――時に、動かなくなった体を見て。
 敵のおぞましさと、現実の残酷さに、時に動けなくなったのも事実だ。


 それでもなんとか戦い抜き、帰ってきた時に見たのは――横たわるテオ君だった。


「せ、生命賛歌が抜けてさ――体がいてぇよ」
 苦笑いすると、テオ君はこう続けた。
「ほらな、俺もお前も、死ななかっただろ?」


「心配させないでよ、馬鹿っ!」
 私は思わず叫ぶと、テオ君の体を叩いた。
「馬鹿、痛ぇってのっ!」
「バカバカバカ……」
「しょうがねぇだろ。皆を守るためなんだから……」
 

 今も癒えない傷を抱えて、彼は笑った。




 ……また、戦争があったら、彼はラストスタンドとして動くだろう。
 だから……。


 私はぎゅっと、ミージュを抱きしめた。


 もう、戦争なんて起こらないで…。


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紅茶とボランティア――【3/18 幻記す】

 3月18日、朝5時。
 私は一つしかない薬缶と、ポット二種(通常のティーポットと、耐熱ガラスポット)をフル活動させていた。

 今日は河川敷のゴミ拾いの日だ。私とテオ君はその手伝いに行くことになっていた。

 昨日は『そのあと、雪柳を見に行こう』とか言ってたけど。
 その彼は、ベッドの中でミージュを抱きながら熟眠している。

 …依頼の疲れ、まだ抜けてなさそうだ。
 この様子だと、山登りはまた今度だね。


 一方の自分といえば、完全に意識が冴えていた。
 『早朝』起きは慣れてる。『エキストラ』のために何度も起きてるから。





 物心ついた時から学園に入るまで、私は姉に早朝から叩き起こされていた。
 『アイドル』『イケメン俳優』好きの姉さんは、なぜか私を道連れに『エキストラ』参加を繰り返した。
 いつも目当ての人は、望遠鏡がいるような距離にしかいないのに。


 未だに夢に見る、エキストラのエピソードはいくつもある。


 歴代史上、最多イケメン数を誇った『仮○ライダー』シリーズの、『耐久長時間ロケ』のエキストラ。
 最初は私も楽しかったけど、最後の方はほとんど眠ってた。


「『子供爆弾』撤去のため、あの子をさらって来なさい!」
 とか言われ、『出演者に近付く子供』を、横合いから引きずらされたこと。
(『子供爆弾』というのは、“子供を出汁に芸能人に近付く”という、有名なマナー違反方法……らしい)
 あの子供の親の般若顔だけは、未だに悪夢だ。


 真夏に撮影する『真冬の災害避難所ロケ』では、姉さんの用意したスポーツ飲料をいくつも飲んでたっけ。


 そんな時、いつでも姉さんは『紅茶の入った保温ポットと蜂蜜』だけは持ち歩いていた。
 ぐずる自分や周りの人に、いつもそれを手渡し、「あと少しだから」と励ましてくれた。





「『エキストラ』も、ボランティアの一種だから……か」
 姉さんの言葉を思い出しながらも、私は紅茶を保温ポットに詰めていく。

 正確には『紅茶』じゃなく、緑茶だろう。
 『桜の葉と緑茶を混ぜたものに、僅かに紅茶を混ぜたもの』だから。

 立ち上る湯気は、一足早い桜の香りを伝えてくる。


 あの時、“香りと糖分が私の疲れを癒してくれた”ように。

 このお茶が、参加者の皆の疲れを癒してくれるといいのだけれど。


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紅茶に潜む罠――【3/14 幻記す】

「山、外れた…」
 予想外の点数に、私は茫然としていた。
 総合得点292点(211位)。…まぁ、平均程度だろうか。

 ちなみに、ルームメイトのテオ君は340点(38位)とのこと。
『半年失踪してたから、勉強ついていけねぇぇっ!!』
とかのたまってた人の点数だろうか。


 そんな風に軽く黄昏ていた自分に、一枚のカードが手渡された。
「あれ、また案内状ですね」
 この学校では、こんな風に誕生日の案内状が配られることが多い。
 私は誕生日祝いらしい案内状を見、そこに書かれた『紅茶』の文字に心惹かれた。
「紅茶パーティですか。いいですね」
 つい先日もハーブティ・パーティに参加したばかりだ。
 依頼者は先輩――すごいお嬢様だ、と聞いたことがある。
 その自宅ならば、建物も調度品も庭も、一見の価値があるだろう。

 少なくとも、この微妙な点数に凹んでいるよりは、よっぽどいい気分転換になる。



 私は出席の印に丸をつけた後で、案内状に小さく書かれた注意事項に気づいた。


 ぴぴっぴぴっ。
 その時、私の携帯電話――テオ君から譲ってもらった、詠唱銀入りのもの――にメールが入った。
 
『幻、頼む。
 俺の分も『河川敷掃除』を申し込んでおいてくれ』

 …テオ君からのメールに、私は目を白黒させた。
 『花見』じゃなくって、その掃除を?



「あ、幻。一緒にそれ、出しとこか?」
 首をかしげている自分に対し、クラスメイトが声を掛けてくる。彼も出欠届を出しに行くらしい。
「よろしいのですか? ではお願いします」
 私は携帯電話から視線を外すと、ひとつ頷いた。
「ん。OK」
 彼はすぐに走って行った。

 そこで私は、さっきの注意事項に目を通した。



『身長150cm未満、もしくは12歳以下は半ズボン着用』


 …半ズボン…?


「嘘ぉっ!?」
 時、すでに遅く。
 返答の手紙はすでに出された後だった。


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