テオの銀の雨降る日々

 詳しくは<<はじめに>>をご参照ください。


無名の剣 - V 【08/2/10 テオ記す】

「そして、この剣も…さ」
 カードを示す。
「くれたんだ。『吸血鬼と戦う力だ』ってさ」




騎士団のキャンプで、俺は事情を一部話した。
「こいつを使え」
 最初に俺を拾った男は、そう言ってこの剣を差し出した。
「予備として、我が家から持ち出したものだ。
 それだけ軽かったらば、そなたでも使えるだろう」
 俺はそれを受け取る。
「…って、どこが軽いんだよ」
 見た目なんかより、こいつはずっしりと重かった。
 その時はまだ扱えそうになかった。
「…鍛えるのだな。
 それさえ使えないようなら、足手まといだ」
「何だと!?」
 俺は食ってかかった。
「いい加減にしろよ、あんた! 俺だってあいつらが憎いんだっつーの!
 親の敵なんだからなっ!」


 今なら分かる。それが逆恨みだってことは。

 でも、そんなことすら分からないぐらい、あの時の俺の心は歪まされていた。
 ――そして、事実を認められないぐらい、弱かった。




「…差し湯、沸かしてきますね」
 苦く、そして温くなったアールグレイを指して、彼が言う。
 幻が席をはずし、再び湯が沸かされる。
 俺は、もう一度カードを見つめた。




 男は鞘に収まった剣を、もう一度突きつけてきた。
「こいつは、俺の家に伝わる剣のうちの一つだ。
 銘こそないが、由緒は正しく、そして力を持つ剣だ。
 俺がこれをお前に託すのは、お前ならば強くなれると信じているからだ」
「んなこと言ったって…」
「そなたが強くなり、使いこなせるようになったならば。
 今度は、そなたがこの剣を鍛えよ。
 そして相応しい銘を、そなたが付けるが良い」


 そしてまだ、俺は剣に銘を授けてはいない。




「そのようなことが、あったのですね。
 剣が使いこなせるようになったのに、まだ銘を付けていないのですか?」
「人に操られて剣を振るってたような奴には、まだ早すぎんだろ。
 ――いつか、この剣をくれた人に負けないぐらい強くなったとき――その時に、名づけるさ」




 その後のことは、皆が知る通りだ。
 俺たちはフェンリル召喚へと突き進み――銀誓館に倒された。




「それで、その騎士団はどうなったのです?」
「戦争が終わった後、本国に帰った」




 彼らがどうしているのか、俺には分からない。
 その後、俺もまた悪夢を取り除かれ、銀誓館に入学した。
 そしてようやく最近になって、普通学級に参入できたというわけだ。




 この話で、語るべきことはこれがすべてだろう。
 俺は、カップを飲み干し、返した。


「ごちそーさん、幻。
 ……聞いてくれて、ありがとな」


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無名の剣 - IV 【08/2/10 テオ記す】

 体を持ち上げられる感覚に、俺はゆっくりと顔を上げた。
 ポートライナーの高架を背景に、男は真剣に覗き込んでいた。
 彼の年のころは、おそらく17か18。黒髪に鷲鼻、瑠璃色の大きな瞳という印象的な顔立ちだった。

 彼は、自分の服が濡れるのも無視して、俺を持ち上げ、連れ出した。

「お主…まさか同胞か?」
 その声に、俺はびくんと震えた。
『どう…ほう?』
 狼の口は、人の言葉に向いちゃいない。そこから漏れたのは、「あぁうぅ…」という鳴き声だけだ。
 だが、その声を聞いて、彼は確信したらしい。


 彼からは、野生動物の匂いがした。


「弱っておるな。
 我らが隠れ家に来るがよい」

 俺は、その言葉に抵抗しなかった。
 疲労と緊張はすでに、思考回路を極限まで磨滅させていた。
 俺は、考えることさえやめて、そのまま眠った。




「それから、どうなったのですか?」
「俺は神戸の吸血鬼達を監視していた騎士団の一つに拾われたんだ」




 そう、俺は幸運にも――あるいは不幸にも、警察に保護される前に騎士団に拾われた。
 当時彼らは、俺の住んでいたマンションから近い処にキャンプを張っていたんだ。




「…そんな人家に近いところに?」
「もともと、阪神間は山と海に挟まれた狭い土地なんだ。
 知ってるか?
 昔は里と密着した山を里山って呼んでたけどさ。
 神戸の山は、街の暮らしと密接しているから『都市山』っていうんだぜ」




 とは言っても、神戸の登山路は初心者向けから上級者向けまでピンキリだったりする。
 難しいところは、それこそ『ヨーロッパ・アルプス山脈登山の為の練習場』として登山者に有名だし、遭難者も出る。

 …ここまでは、山登りが好きだった親父からの受け売りだけどさ。
 そんな難所に数えられる場所に潜むように、彼らは居を構えてた。


 俺は、事情を彼らに話した。
 そして彼らから、世界の真実の一端を教えられることになった。



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無名の剣 - III 【08/2/10 テオ記す】

 去年の8月。
 温暖化のためとかで、土砂降りの雨が降っていたのを、よく覚えてる。

 神戸の住吉川にかかる橋の上に、たくさんのパトカーと、警官がいた。
 推理アニメでよく見る、現場検証って奴だ。

 俺はそれを、少しだけ低い位置から見てた。




「低い、位置ですか?」
「ほら、お前だって猫になれんだろ?」
「ああ、『狼変身』の能力ですね。しかし、狼がそのあたりをうろついていれば不審がられませんか?」




 俺の首には、犬用の首輪が付いていた。
 幼稚園まで飼っていた、アベルって名前の狼犬のな。

 俺は『事件』を起して、逃げなきゃいけなかった。
 …『ネジ蟲』の言う通りにするためには、警察に捕まるわけにいかなかったからな。
 そのためには、犬に化けるのが一番だった。


 …いや、それだけじゃねぇな。
 今なら分かる。
 俺は、『目の前のこと』が現実だなんて、信じたくなかったんだ。
 『狼の視界』に、閉じこもろうとしたんだ。




 言葉に詰まり、俺は紅茶を口に含んだ。
 暖かい。そして、優しい匂いがする。

 あの時、狼の鼻についた、雨と鉄錆の匂いとは全く違う。




 雨に打たれる間に、毛皮は重く、冷たくなっていった。
 現場を離れる機会を逸した俺は、いつしか雨の中で疲れ果てて動けなくなっていた。

 その時だ。
 俺の体を持ち上げた人が現れたのは。



(2/21 一か所修正『6月→8月』)

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無名の剣 - II 【08/2/10 テオ記す】

「テオ君の武器は、長剣なのですね」
「…ああ」

 俺の髪と同じ、暗い銀色の細身の刀身。柄には黒革の滑り止め。鞘は細めの銀鎖でつながっている。
 
「回転動力炉は、この柄の部分だそうだ」
 これは、入学直前に学園側に教えてもらったことだ。
「銘はあるのですか?」
「メイ?」
「名前のことですよ。
 ほら、『村正』とか『エクスカリバー』とかですよ」
 ああ、そういうことか。
「まだ、ねぇよ」



『お前が、付ければいい』

 ああ、そうだ。あの人はそう言っていたな。

「こいつは、俺が学院に来る前に、ある人からもらったもんだ」
「ある人?」
 幻が紅茶をすすりながら問いかける。
「……俺が、『十字架を背負う者(クルースニク)』だって知ってるよな」
「はい」

 どこまで、話していいのか。
 俺は紅茶カップを口に近付けながら、視界を部屋の中で巡らせた。


 …神戸警察の名の入った段ボールが、そこにある。
 
  
 なら、あそこから話し始めるか。



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無名の剣 - I 【08/2/10 テオ記す】

「テオ君、お茶しませんか?」

 休日の午後3時ジャスト。
 紅茶の香りとともに、幻が言い出す。

 …この香りだと、今日は普通の銘柄らしい。

「んと、先飲んでてくれ。
 これだけ、出ししてくっから」

 ビニール袋に突っ込んだ処分品を示しながら、俺は言った。


「今日はアールグレイです」
 慣れた手つきでポットから茶を注ぐ。…いい香りが、辺りに広がった。
「それと、姉さんがクッキー持ってきてくれたんです。
 …失敗品ですが」
 …無残に欠けたハート型のチョコクッキーが、皿の上に並ぶ。


 ……うう、いいよないいよな、貰える奴は!


 幻の姉の相手を想像すると、思わず自棄食いしそうになる。それをなんとか止めつつ、クッキーを摘む。
 焦がしたらしく、少しばかり苦い。


「無理しなくていいですからね」
「いい。今の気分にぴったりだから」


 自分で言っていて、悲しさ120%増しになる。
 だめだ、他に話題を探さねぇと。


「そう言えば、テオ君の詠唱武器ってなんなんですか?」
 俺の顔色が曇ったことに気づいたのか、慌てて幻が切り出す。

「詠唱…って、ああそっか」

 俺達・能力者が使う武器は皆、『詠唱武器』と言うんだったな。


「俺のは、これさ」
 自分のイグニッション・カードを示しながら、俺は幻に語り始めた。


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